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アニサキス症

Disease

アニサキス症について

アニサキス症は、適切な処理のされていない海産物を摂取することで引き起こされる寄生虫感染症です。アニサキスという線虫の幼虫が胃・腸壁に侵入することで発症し、激しい腹痛や吐き気などの症状が現れます。胃壁に侵入して発症したものを胃アニサキス症、腸壁に侵入して発症したものを腸アニサキス症といい、症状、病態や重症度に違いがあります。胃型が約95%と報告されており、胃型を中心に病態を説明していきます。近年、生魚を食べる機会が増えたことにより、この疾患への理解と対策の重要性が高まっています 。2021年に発生した食中毒のほぼ半数はアニサキス幼虫によるものです。

アニサキス症は急性と慢性の2つの病型に分類されますが、アニサキス症のほとんどは急性型として発症します。生魚摂取後、数時間から十数時間以内に高度の腹痛症状が現れることが多く、早期の診断と適切な治療が重要となります。

アニサキス症の発症メカニズム

アニサキス幼虫は本来、海洋哺乳類を最終宿主とする寄生虫です。しかし、人間が感染した魚介類を生で摂取すると、幼虫が胃粘膜に侵入しようと試みます。人間は本来の宿主ではないため、幼虫は胃壁内で成長することができず、やがて死滅します。この過程でアニサキスに対して生じる即時型アレルギー(Ⅰ型アレルギー)反応が、症状を引き起こす原因となっています。

日本におけるアニサキス症の現状

日本は世界的に見てもアニサキス症の発症頻度が高い国として知られています。これは、刺身や寿司といった生魚を食べる文化が根付いていることと密接に関係しています。特に、サバ、アジ、イワシ、カツオ、サケ、イカなどの海産物にアニサキス幼虫が寄生していることが多く、日本のサバの50%、東シナ海の魚類で90%近くがアニサキス幼虫を保有していると報告されています。これらの食材を生で摂取する際は注意が必要です。

症状(激しい腹痛、吐き気、嘔吐など)

アニサキス症の主要症状

アニサキス症の最も特徴的な症状は、突然発症する激しい上腹部痛で、約80-90%の方にあると言われています。この痛みは「えぐられるような」「刺されるような」と表現されることが多く、患者さんにとって非常に辛い症状となります。痛みの強さは個人差がありますが、多くの場合、日常生活に支障をきたすほどの激痛を伴います。

腹痛と同時に現れる症状として、強い吐き気と嘔吐が20-40%の方にあります。これらの症状は胃粘膜への刺激によって引き起こされ、食事を摂取することが困難になる場合もあります。また、胃の蠕動運動が乱れることで、腹部の不快感や膨満感を感じることもあります。

症状の時系列変化

アニサキス症の症状は、感染魚介類の摂取から比較的短時間で現れることが特徴です。多くの場合、摂取後12〜8時間以内に症状が発症しますが、個人の体質や摂取した幼虫の数によって、症状の現れ方には差があります。

初期症状として軽度の胃部不快感から始まり、徐々に痛みが強くなっていくケースもあれば、突然激痛に襲われるケースもあります。症状のピークは発症から数時間続くことが多く、2,3日で自然軽快しますが内視鏡などで虫体を切除することで速やかに症状改善します。

合併症状について

アニサキス症では、主症状以外にも様々な随伴症状が現れることがあります。発熱は比較的稀ですが、炎症反応が強い場合には軽度の発熱を伴うことがあります。また、強い痛みや嘔吐により脱水症状を呈することもあり、これらの症状にも注意が必要です。

まれに、アニサキス幼虫に対する強いアレルギー反応が起こる場合があります。この場合、蕁麻疹や皮膚の発赤、呼吸困難などのアレルギー症状が現れることがあり、重篤な場合にはアナフィラキシーショックを起こす可能性もあります。

またさらに稀ですが、アニサキスが小腸に作用する腸アニサキス症では腸穿孔や腸閉塞を発症することがあります。

原因(生魚摂取、アニサキス幼虫の寄生)

アニサキス幼虫の生態

アニサキス症の原因となるアニサキスは、海洋に生息する線虫の一種です。成虫は主にクジラやイルカなどの海洋哺乳類の胃に寄生し、産卵を行います。卵は海水中に排出され、第1期幼虫、第2期幼虫へと発育した後、オキアミなどの甲殻類に摂取されます。

その後、オキアミを捕食した魚類やイカ類の体内で第3期幼虫まで発育し、魚の内臓や筋肉組織に寄生します。この第3期幼虫が人間にとって感染源となるのです。通常、魚が生きている間は内臓に留まっていることが多いのですが、魚の死後時間が経過すると筋肉部分にも移行することがあります。

感染リスクの高い魚介類

アニサキス幼虫の寄生率が高い魚介類として、サバ、アジ、イワシ、サンマなどの青魚が挙げられます。これらの魚は比較的安価で入手しやすく、刺身として食べられることも多いため、感染リスクが高くなっています。

また、カツオ、マグロ、サケ、ヒラメ、タラ、イカなどにも寄生していることがあります。特に、日本近海で捕獲された魚や、養殖ではなく天然の魚により多く寄生している傾向があります。地理的には、太平洋側で捕獲された魚により多く寄生していることが報告されています。

感染経路と危険因子

アニサキス胃アニサキス症の感染は、アニサキス幼虫が寄生した魚介類を生または不十分な加熱で摂取することによって起こります。特に、家庭での魚の処理時に十分な注意を払わずに調理することで感染リスクが高まります。

魚を購入してから調理するまでの時間が長いほど、幼虫が内臓から筋肉部分に移行する可能性が高くなります。また、酢でしめた魚や塩漬けにした魚でも、処理が不十分な場合は感染の可能性があります。しょうゆやわさび、酢などの調味料では、アニサキス幼虫を死滅させることはできません。

季節性と地域性

アニサキス症の発症には季節性があり、魚介類の漁獲量が多い時期や、特定の魚種が旬を迎える時期に発症者数が増加する傾向があります。特に秋から冬にかけて、サバやサンマなどの青魚が旬を迎える時期に患者数が増加することが知られています。

地域別では、海に面した地域や、生魚を食べる文化が根強い地域での発症が多く報告されています。また、漁業従事者や鮮魚を扱う職業の方々は、職業上の理由で感染リスクが高くなる可能性があります。

検査・診断(内視鏡検査での虫体確認)

内視鏡検査による確定診断

アニサキス症の確定診断には、上部消化管内視鏡検査が最も有効です。内視鏡を用いることで、胃粘膜に侵入したアニサキス幼虫を直接観察することができ、確実な診断が可能となります。アニサキス幼虫は白色で細長く、長さは2〜3センチメートル程度で、胃粘膜に頭部を埋め込んでいる様子が観察されます。

内視鏡検査では、幼虫の確認と同時に周囲の胃粘膜の炎症状態も評価できます。幼虫の侵入部位周辺には、発赤や浮腫、時には出血を伴う炎症反応が認められることが多く、これらの所見も診断の手がかりとなります。

臨床症状による診断的アプローチ

内視鏡検査前の段階では、患者さんの症状と食事歴からアニサキス胃アニサキス症を疑うことが重要です。生魚摂取後数時間以内に発症した激しい上腹部痛は、アニサキス胃アニサキス症を強く疑う症状として知られています。特に、症状の急激な発症と激痛の程度は、他の消化器疾患との鑑別点となります。

問診では、症状発症までの時間経過、摂取した魚介類の種類、調理方法、購入場所などの詳細な情報収集が診断に役立ちます。また、過去のアニサキス症の既往歴や、魚介類に対するアレルギーの有無についても確認が必要です。

補助的検査法

血液検査では、白血球数の軽度上昇や好酸球の増加が認められることがありますが、これらの所見は必ずしも特異的ではありません。しかし、炎症反応の程度や全身状態の評価には有用です。また、アニサキスに対する特異的IgE抗体やIgG抗体の測定も可能ですが、これらは急性期の診断よりも、過去の感染歴の確認や慢性型の診断に用いられることが多いです。

画像検査として、腹部超音波検査やCT検査が行われることもありますが、アニサキス胃アニサキス症に特異的な所見は少なく、他疾患の除外診断として実施されることが一般的です。これらの検査は、胃穿孔や他の急性腹症の可能性を除外するために重要な役割を果たします。

鑑別診断の重要性

アニサキス胃アニサキス症は、急性胃炎、胃潰瘍、急性膵炎、胆石症、虫垂炎などの他の急性腹症との鑑別が必要です。特に、症状が類似している急性胃炎や胃潰瘍との鑑別は重要で、内視鏡検査による確定診断が不可欠となります。

また、食中毒や他の寄生虫感染症との鑑別も考慮する必要があります。症状の発症時期、持続時間、随伴症状の有無などが鑑別診断の手がかりとなり、詳細な病歴聴取と適切な検査の組み合わせが正確な診断につながります。

治療法(内視鏡的摘出、対症療法)

内視鏡的摘出術

アニサキス胃アニサキス症の根本的治療は、内視鏡を用いた幼虫の直接摘出です。内視鏡検査で幼虫を確認した後、専用の鉗子を使用して幼虫を把持し、慎重に摘出します。摘出時には、幼虫を断片化させないよう注意深く操作することが重要で、経験豊富な内視鏡医による処置が推奨されます。

幼虫の摘出が成功すると、多くの場合、症状は劇的に改善します。激しい腹痛は摘出直後から軽減し始め、数時間以内に著明な症状の改善が期待できます。ただし、胃粘膜の炎症は完全に治癒するまで数日を要することがあり、摘出後も適切な経過観察が必要です。

対症療法の重要性

内視鏡的摘出と並行して、症状の緩和を目的とした対症療法も重要な治療の一環です。激しい腹痛に対しては、鎮痛薬の投与が行われますが、診断の妨げにならないよう、内視鏡検査前の鎮痛薬使用には慎重な判断が求められます。

制酸薬やプロトンポンプ阻害薬などの胃酸分泌抑制薬は、胃粘膜の炎症軽減と治癒促進に有効です。また、嘔吐が強い場合には制吐薬の投与も考慮され、脱水を防ぐための補液療法が必要になることもあります。

保存的治療のアプローチ

内視鏡的摘出が困難な場合や、患者さんの全身状態により内視鏡処置が実施できない場合には、保存的治療が選択されることがあります。アニサキス幼虫は人間の体内では長期間生存できないため、時間の経過とともに自然に死滅し、症状も改善することが期待できます。

しかし、保存的治療では症状の持続期間が長くなる可能性があり、患者さんの苦痛が prolongedすることがあります。また、まれに幼虫が胃壁を穿通して腹膜炎を起こすリスクもあるため、厳重な経過観察が必要となります。

合併症への対応

アニサキス胃アニサキス症では、まれに重篤な合併症が生じることがあります。胃壁穿孔が起こった場合には、緊急手術が必要となることがあり、迅速な対応が求められます。また、アレルギー反応が強い場合には、抗ヒスタミン薬やステロイド薬の投与が必要になることもあります。

アナフィラキシーショックが疑われる場合には、エピネフリンの投与や集中治療管理が必要となります。これらの重篤な合併症は稀ですが、発症した場合の対応準備と、早期発見のための注意深い観察が重要です。

治療後の経過観察

内視鏡的摘出後は、胃粘膜の治癒過程を確認するための経過観察が重要です。多くの場合、数日から1週間程度で症状は完全に改善しますが、胃粘膜の炎症が強かった場合には、治癒に時間を要することがあります。

治療後の食事指導も重要な要素で、胃粘膜の回復を促進するため、刺激の少ない食事から徐々に通常の食事に戻していくことが推奨されます。また、再感染予防のための生魚摂取時の注意点についても、十分な説明が必要です。

予防方法(生魚の取り扱い、冷凍処理)

適切な冷凍処理による予防

アニサキス幼虫を確実に死滅させる最も効果的な方法は、適切な冷凍処理です。家庭用冷凍庫での冷凍(-20度以下)では、24時間以上の冷凍が推奨されています。業務用の急速冷凍装置を使用する場合は、-35度以下で15時間以上、または-40度以下で40分以上の冷凍で幼虫を死滅させることができます。

冷凍処理を行う際は、魚の中心部まで確実に冷凍されるよう、適切な厚さに切り分けてから冷凍することが重要です。また、冷凍期間中の温度管理も重要で、解凍と再冷凍を繰り返すと効果が減弱する可能性があります。

加熱処理による安全確保

十分な加熱処理も、アニサキス幼虫を死滅させる確実な方法です。中心温度が60度以上で1分間以上、または70度以上で瞬時の加熱により、幼虫を完全に死滅させることができます。焼き魚、煮魚、揚げ物など、しっかりと加熱調理された魚介類であれば、アニサキス症のリスクはありません。

家庭での調理時には、魚の中心部まで確実に加熱されているかを確認することが重要です。特に厚みのある魚や大型の魚では、表面だけでなく中心部の温度にも注意を払う必要があります。

鮮度管理と適切な処理方法

魚介類の鮮度管理は、アニサキス症予防の重要な要素です。魚が死亡してから時間が経過すると、幼虫が内臓から筋肉部分に移行するリスクが高まるため、新鮮な魚を選び、購入後は速やかに処理することが重要です。

魚の処理時には、まず内臓を速やかに除去し、魚体を十分に水洗いします。内臓を取り除く際は、内臓が破れないよう注意深く作業し、処理後は手や調理器具を十分に洗浄します。また、まな板や包丁も魚専用のものを使用し、他の食材との交差汚染を防ぐことが大切です。

購入時の注意点

魚介類を購入する際は、信頼できる販売店を選び、適切な温度管理がされている商品を選択することが重要です。魚の目が澄んでいて、鰓が鮮やかな赤色をしている新鮮な魚を選ぶよう心がけましょう。また、刺身用として販売されている魚は、一定の品質管理がされていることが多いですが、それでも完全にリスクがないわけではありません。

冷凍品を購入する場合は、適切に冷凍されているか、解凍時間が適切かを確認します。また、解凍済みの刺身を再び冷凍することは品質の劣化を招くため、避けるべきです。

調理環境の衛生管理

アニサキス症予防には、調理環境の衛生管理も重要な要素です。魚を処理する際は、専用のまな板と包丁を使用し、処理後は十分な洗浄と消毒を行います。特に、生魚を扱った後に他の食材を処理する場合は、器具の交換や十分な洗浄が必要です。

調理台や流し台も、魚の処理後は十分に清拭し、消毒用アルコールなどを使用して衛生状態を保ちます。また、魚の処理に使用したふきんやスポンジも、他の用途と区別して使用することが推奨されます。

よくある質問

生魚を食べてからどのくらいで症状が出ますか?

アニサキス胃アニサキス症の症状は、アニサキス幼虫が寄生した生魚を摂取してから、通常2時間から8時間以内に現れることが多いです。しかし、個人差があり、摂取後1時間以内に症状が現れる場合もあれば、12時間程度経過してから症状が現れることもあります。症状の現れ方は、摂取した幼虫の数や個人の体質によって左右されます。

症状が現れる時間の早さは、アニサキス幼虫が胃粘膜に侵入する速度と関係しています。胃の運動が活発な場合や、空腹時に摂取した場合には、比較的早期に症状が現れる傾向があります。一方、他の食物と一緒に摂取した場合には、症状の出現がやや遅れることがあります。

しょうゆやわさびで予防できますか?

残念ながら、しょうゆやわさび、酢などの一般的な調味料では、アニサキス幼虫を死滅させることはできません。これらの調味料に短時間さらされただけでは、幼虫は生存しており、感染のリスクは変わりません。日本料理でよく使用されるこれらの調味料には、アニサキス症の予防効果は期待できないのが現実です。

アニサキス幼虫を確実に死滅させるためには、適切な冷凍処理(-20度以下で24時間以上)または十分な加熱処理(60度以上で1分間以上)が必要です。調味料に頼るのではなく、科学的に証明された予防方法を実践することが重要です。

一度かかったら免疫ができますか?

アニサキス胃アニサキス症は、一度罹患しても免疫が獲得されるわけではありません。そのため、再度アニサキス幼虫が寄生した生魚を摂取すれば、再発する可能性があります。むしろ、アニサキスに対する感作が成立すると、次回の感染時により強いアレルギー反応を起こすリスクがあることが知られています。

実際に、アニサキス胃アニサキス症の既往がある方では、再感染時にアナフィラキシーショックなどの重篤なアレルギー反応を起こす可能性が高くなることが報告されています。そのため、一度罹患した方は、特に生魚の摂取について注意深く対処する必要があります。

冷凍魚なら絶対に安全ですか?

適切に冷凍処理された魚であれば、アニサキス症のリスクは大幅に軽減されます。しかし、「絶対に安全」とは言い切れない場合もあります。冷凍の温度や時間が不十分な場合、または冷凍前に既に筋肉部分に移行していた幼虫が完全に死滅していない可能性があるためです。

家庭用冷凍庫では-20度以下で24時間以上の冷凍が推奨されていますが、冷凍庫の性能や魚の大きさによっては、中心部まで十分に冷凍されない場合があります。また、購入時に既に解凍されていた魚を再冷凍した場合は、効果が限定的になる可能性があります。

妊娠中でも内視鏡検査は受けられますか?

妊娠中の内視鏡検査については、患者さんの症状の重篤度と妊娠週数を総合的に判断して実施の可否を決定します。アニサキス胃アニサキス症の激しい症状が持続している場合、母体への負担を考慮すると、内視鏡検査による迅速な治療が必要になることがあります。

妊娠初期(特に器官形成期)では、可能な限り内視鏡検査を避ける傾向がありますが、症状が重篤で保存的治療では改善が期待できない場合は、産婦人科医と連携の上、慎重に検査を実施することがあります。使用する鎮静薬についても、妊娠に影響の少ないものを選択し、最小限の使用に留めます。

子どもがアニサキス症になったらどうすればよいですか?

小児のアニサキス胃アニサキス症では、成人と同様に激しい腹痛を訴えることが多く、年齢によっては症状の詳細な表現が困難な場合があります。お子さんが生魚を摂取した後に激しい腹痛を訴える場合は、アニサキス胃アニサキス症の可能性を考慮し、速やかに医療機関を受診することが重要です。

小児の内視鏡検査は、成人よりも慎重な対応が必要で、鎮静下での検査が一般的です。また、体重に応じた薬剤投与量の調整や、検査後の十分な観察が重要になります。ご家族の不安も大きいため、検査や治療について十分な説明を行い、理解と協力を得ながら治療を進めます。